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大震災から15年  長崎の祖父母に育てられた青年

大震災から15年 長崎の祖父母に育てられた青年が神戸で夢をかなえようとしています。

1月15日13時12分配信 フジテレビ

1月17日、阪神淡路大震災から15年を迎えます。
震災で母と姉を亡くし、長崎県の祖父母の下で育てられた青年が、15年の時を経て、看護師になるという夢をかなえるため、被災地の神戸にやって来ました。

1995年1月17日午前5時46分に発生した阪神・淡路大震災により、6,434人の尊い命が失われた。
神戸市中央区にある「慰霊と復興のモニュメント」には、震災で犠牲となった多くの人の名前が刻まれている。
このモニュメントに、2009年12月、千代田 健志さん(19)が母と姉の名前を加えた。
千代田さんは「名前張ってあったら実感わきますよね。震災で亡くなったんやなぁって」と語った。
母ときょうだいの5人家族で暮らしていた千代田さんは、4歳の時、兵庫・宝塚市のアパートで被災した。
同じ部屋で寝ていた5人全員が生き埋めとなり、母のさと子さん(当時32)、そして姉の萌ちゃん(当時6)の2人が犠牲となった。
千代田さんは「ぱっと目覚めたら、結構真っ暗だったんですよ。全然身動き取れなくて、何でかなって、たぶん思って、お母さんの名前とか叫んだと思うんですよね、ずっと。でも全然返事とかなくて。たぶんそのあとまた寝ちゃった感じで、次に起きたらベッドの上か、明るいところやったと思います」と語った。
震災後、宝塚市から遠く離れた長崎県の五島列島にある祖父母の家に、兄と双子の弟とともに引き取られ、14年間、生活を続けてきた。
祖母の千代田 小夜子さん(75)は「大変もなんも、簡単には育てられない。無事、(高校を)卒業した時は、やっぱりうれしかった」と語った。
千代田さんは「じいちゃん、ばあちゃんのようなお年寄りの手助けがしたい」と、看護師になるという夢を見つけ、地元の高校で准看護師の免許を取得した。
そして、進学先は、被災地の神戸を選んだ。
千代田さんは「兵庫県は、僕ら生まれた場所やから、やっぱり一度は暮らしてみたいなとは思ってたんですよ。五島じゃあ、全然震災の話とかは聞けないんですけど、こっちでは聞こうと思えば、誰に聞いてもくわしく教えてくれるし、すごく身近に感じますね」と語った。
現在は、看護師の国家資格を取るために、神戸市の病院でアルバイトをしながら学費を稼ぎ、専門学校に通っている。
あれから15年。
長崎で育った千代田さんが、震災後初めて、1月17日を被災地で迎える。
千代田さんは「(午前)5時46分の式典に参加してみようかなと思ってます。絶対何かしら違う部分があると思うので。それを見つけられたらいいかなと思ってます」と語った。

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